メイプルシロップみたいな、と比喩したのは、確か隣で惰眠を貪るこの男だった。ふわふわとジローの金髪が机の上で風に踊らされている。その髪の毛が入りそうだったのに気づいて、向かいに座った忍足が少しだけ皿を引き寄せた。
「ジロー、お前せめて食べてから寝え」
「んー……」
「ほんまにしゃーないな」
「甘やかしすぎじゃねえの」
一連の流れを眺めてからそう言えば、忍足は少し驚いた顔をして笑った。
「景ちゃんに言われたくあらへんよ」
「何がだよ」
「自分、どっかの誰かにはめっちゃくちゃに甘いくせに」
忍足の言うどっかの誰かで頭を過ぎったオレンジの間抜け顔に一瞬言葉に詰まってしまった。
「なに、せんごくの話?」
「何や、起きたんか。さっさと食べんとアイス液体化するで」
コーヒースプーンでかんかん、と行儀悪くジローの頼んだ皿を示す。イチゴもチョコレートも乗った見目豪華なワッフル。それに添えられているバニラアイスの上に突いているミントリーフがアイスの融解に合わせて滑った。
「んー」
そのまま起き上がるのかと思えば、ジローは以前として目も閉じたままだ。そして寝ぼけているのかどうか判断しずらいテンションで話を続ける。
「たしかにせんごくは甘いよね」
「何か、微妙に甘いのニュアンス合ってへんよ」
「ふたりもあまいけどー、でもふたりみたいなのじゃないんだよ」
ジローはゆっくりと視線を忍足に向け、そのまま自分に流してにっこりと笑う。多分この動作がなければ俺はジローの言うふたりが誰なのか理解できなかった。
「ふたりはねー、チョコとか、そういうの……で、おれとかせんごくはね、こっち」
各テーブルに備え付けてあるメイプルシロップの瓶を指差して笑った。なんて言えばいいのかな。曖昧な甘さ。まあ矛盾なんだけど。そんなふうにぼんやり話しながら、瓶を捻る。
「てかなんでお前がそんなに分かるんだよ」
「なに、景ちゃん、嫉妬は見苦しーでー」
「煩い」
「むかし、付き合ってたからかなー」
忍足のフォークがチョコシフォンを刺すのをやめたのと、俺がグラスを取り損ねたのは同じタイミングだった。
「つ……つき、あって、た……?」
「うん」
「自分、と……千石、が……?」
「うん」
硬直している俺たちに何のフォローもせずに欠伸をすると、ジローは放置していた極甘アイスワッフルにメイプルシロップをかけた。
「まぁそれはうそー。なんだろー、似てるからじゃない? 俺と千石が」
うそ、と頭の中でその単語を反芻させて、ようやく俺たちの意識が戻ってきた。そんなことはお構いなしにジローはもう既に半分融解しているバニラアイスに綺麗な黄金色の液体でゆっくり線を描いていく。
「ジ、ジロちゃん、ほんまにありそうなこと言わんといて」
忍足が動揺しまくりながら高速でコーヒーを混ぜている。俺も紅茶に砂糖3つも入れてまったのはこの際置いておこう。
「あははー、ごめんごめん」
「まったくだ、お前の冗談は心臓に」
「一昨日ちゅーしたけどね」
ジローがずずっとアイスティをすする音が響いたのと俺たちが再び硬直したのはやっぱり同時だった。
「ごっめん、HR長引い……て…………?」
「やっほーせんごくー」
「やっほーってちょっとジロちゃん、なにこの不穏と悲しみに包まれた空気。きみんとこの部長と天才なにがあったの?」
「強いて言うなら、俺と千石がかわいーのがいけないんじゃない?」
「ああ、なるほど、っていったあ!! い、今殴った!? 跡部くんグーで殴ったよね!? うっわーさいてーちょ、もうジロちゃん浮気しよ!!」
「んー三番目なら、あいてるよ。あ、ちゃんと忍足が一番だからね」
「暴力亭主より、優しい愛人がいいもん。ねージロちゃーん!」
「ちゅーでもしちゃうー?」
「お前らちょっと黙ってろ!」
こいつらのどこが甘いんだ、と思った俺は正常なはずだ。