楽しい点数計算

まもなく合流すると東から連絡が入ったので、三麻でまわしていた卓は小休憩とあいなった。はじまったばかりとは言え滑り出しはなかなか悪くない。最後にまくって大きく獲るのが諏訪の好みではあるが、ここまで負けないやり方で好成績をキープしている。
「なにかいるか」という東の追加メッセージを読み上げると、向かいの冬島からは「あまいの」左の太刀川からは「だんご」と返ってきたのでそのまま返信を打ち込んだ。
諏訪は残っていたカップの中身を飲み干す。勝利の美酒とはいかず、ぬるめの麦茶である。本音を言えば塩気のある乾き物とビールがほしい。とはいえ本部内の売店では酒類もつまみ類も取り扱っていないし、太刀川はまだ未成年なので、諏訪はそれらのリクエストを心のなかにしまって「しょっぱいので」と付け足した。
ボーダー本部において飲酒は明確に禁止されているわけではない。売店で扱っていないだけで、外で買って自室や隊室に持ち込むことは可能である。全面的に禁止されているのはきなこもちくらいのものだ。ボーダー本部において酒よりも煙草よりも厳しい監視下に置かれているのがきなこもちである。
「どしたの諏訪さん」
……なんも。俺も茶ァくれ」
紙パックの麦茶を注いでいた太刀川もといきなこもち禁止発令の原因に向かって空いたカップを差し出す。入れすぎだろうというくらいなみなみと注がれたそれを零さぬように慎重に表面をすすっていると、点棒を揃えていた冬島が思い出したように口をひらいた。
「そういや真木ちゃんが言ってたけど、太刀川お前ポイント3万いったってマジなの?」
「あーマジマジ。でもついさっきだよ、真木情報早いな」
「っ、3万だぁ?」
にわかに信じがたいその数字に諏訪はカップを置いてソファに投げてあった支給品のタブレットを引き寄せる。マスターランクのラインが8000で、1万もありゃ一目置かれる指折り隊員だ。それを3万。信じがたい。信じがたいが、この男なら全然ありうる。
ポータルから隊員のデータベースをひらき、ポイント昇順にソートをかける。すぐに更新がかかり、画面の一番上には30028という数字と「太刀川慶」の名前が表示された。2位以下の隊員とはえぐい差がついている。
「うーわ、マジだ、お前もう廃人レベルだろこれ」
「ひどくない? 一生懸命がんばった結果でしょ」
「勉強サボってやり込んだに訂正しろ、つかお前大学行ってんだろうな」
「行ってる行ってる」
「こういう異常値っぽい数がひとつあると、プログラム間違ってないか不安になるんだよなあ」
つくづくといった様子でエンジニアが半笑いで嘆いた。
「コイツの数値がバグってんのは通常仕様だろ」
「それはそう」
「ははは」
「つってもランク戦のシステムずっと安定してる気ィすっけどな」
「おれたちがメンテ頑張ってんですよ。一応最近もバグ見つかったしな、出水のやつ」
「出水ってウチの? なにそれ知らない」
だらしなく姿勢を倒していた太刀川が、猫のようにくいっと首を傾げた。教えて、聞きたい、と言葉なく要求する太刀川に冬島が応える。
「ほらランク戦の対戦ブースって部屋番とトリガーのポイント表示出るだろ、あのポイントって基本リアルタイム更新なんだけど、たまたま出水の弾トリガーのポイントが短時間で全部変動してそのうちのいくつかが完全に同じ数値になったんだよ」
「アステロイド5000、バイパー5000、みたいなことか」
「そうそう。そうしたら表示に使ってるデータの参照先が狂っちゃって。ご迷惑おかけしました。今は直っております、はい」
「あーなるほど、あいつめっちゃ弾入れてるもんなあ」
冬島の話を聞きながら諏訪はタブレットを操って出水のデータをひらいた。「めっちゃ弾入れてる」という隊長の言葉通り、8つのスロットのうち半分以上に射手用弾トリガーがセットされている。言っちゃなんだが変態すぎる。
まさに弾薬庫のようなトリガーセットだ。

―――あ。

ふとそれらの数字が目に入った瞬間、諏訪は思考より先に何かがひらめいたのを感じた。多分これ来るな。確信をもって立直を宣言するときに似た小さな興奮が胸に広がる。
「おっさん、今から言う数足してって。6780+7008+……
「桁多いな、待て待て」
冬島が自分の端末を構えたのを待って、四種類の数字たちをもう一度読み上げる。電卓アプリにより導き出されたその足し算の合計は「30008」だった。はい来たロン。
「なにこれ、なにやってんの」
「30008だと。お前んとこの弾丸小僧のポイント合計」
「え」
「あーこれ弾四種の合計ね、こうやって見ると出水も大概だなあ」
はじめ時が止まったかのように呆けていた太刀川はようやく意味するところが分かったようで、ばたんと倒れて身もだえるようにでかい図体で床を転がった。
「え、あー、まじ、はー……えぇ……、えー?」
「知らなかったのかよ」
「知らなかった、なにそれ……
さいこうじゃん。思わず心があふれてしまったような、憧れにとけるような、あまく澄んだ幼い声で太刀川は呻いた。

「悪い、遅くなったな。お、太刀川どうした、むしり取られたか?」

隊室の扉が開き、東がふくれたビニール袋を片手に姿を見せる。冬島と諏訪の目線が合う。お互い相当悪い顔でにやついていたようだ。
「いやこれからっすね」
「ほら起きろ太刀川、はじめんぞ」

そこから東一局早々に親に振り込んだ太刀川はオーラスを待たずにきれいに飛んだ。

END