「笠井、おぶれ」
バカじゃないのか。俺があんた運べるわけないだろう。天下の武蔵森の司令塔はただ今両手を延ばして座り込み、動く意思のないことを全面アピールしている。
「松葉杖どうしたんですか」
一昨日から左足にギプスをはめている三上先輩は、このところずっと銀色のそれと共に居た。でも今は見当たらない。
「ネギに貸してやった」
「はぁ?」
軽くマヌケな声が出た。だがそんな俺から微妙に視線を反らして三上先輩は続ける。
「あいつ赤白の時に足やったんだよ、で、歩けねーっつーから貸してやった」
「はぁ、それで」
「それをあのバカ、二本共持ってきやがったんだよ」
「二本借りてくのを見てたなら同類ですよ?」
「うるせー。おぶれー。」
「ホントにおぶったら嫌がるくせに何言ってんですか」
「わかってんじゃん、笠井くん」
そりゃこのプライドの塊がおぶわれたりなんてするわけがない。
「できないお前だから言えるんですよ」
前言撤回。俺はこの人を買い被っていた。つまりはあれか、非力な僕に対する嫌がらせだったわけか。
「まぁそんなわけだから悪いけどネギから」
「わかりました、中西先輩と誠二を呼んできます」
「はぁ!?」
今度は先輩が軽くマヌケな声を出した。
「誠二なら先輩も運べるだろうし、中西先輩なら先輩を心配して場の雰囲気を明るくしてくれること間違いなしですから」
にっこり笑って一息で言い終えると踵を返す。
「待て待て!そんなんネギんとこ行って持ってこさせりゃ事足りるだろ!何だよその悪魔のコンボ!」
「まぁそういう訳でちょっと待っててください。ホントにすみません、お姫様抱っこもできないような後輩で」
「さりげなく恐ろしい予告してんじゃねぇ!」
「じゃあちょっと行ってきます」
十分後、大声で「三上!がんばれ!」と心配する中西先輩と、「先輩しっかり!」と叫ぶ級友の声が聞こえたかと思えば、食堂の扉は開け放たれ、三上先輩は無事に椅子まで届けられた。
そりゃもう立派なお姫様抱っこで。